赤ちゃんを持つ親にとって、SIDS:Sudden Infant Death Syndrome(乳幼児突然死症候群)は非常に不安な問題です。ある日突然、何の前触れもなく命を落としてしまう可能性があるSIDSは、乳児期の死因の中でも未だに解明されていない部分が多い症候群です。しかし、近年の研究により、特定のリスク因子が明らかになり、実践可能な予防策がいくつか示されています。
この記事では、「米国小児科学会による睡眠環境下の死亡を減らすための推奨事項2022年版」に基づき、SIDSリスクを減らすための10の具体的な方法をわかりやすく解説します[1]。
もちろん、家族によって子育ての方法は千差万別であり、すべての対策がすべての家庭に当てはまるわけではないかもしれません。この記事では、可能な限り科学的根拠も併せて解説することを心がけました。それぞれの対策の重要性を知ることで、どこまで許容できるかを皆さん自身が納得して決められる手助けになれば幸いです。
SIDSの概要
SIDSとSUID
SIDSは”Sudden Infant Death Syndrome”の略ですが、同様の状況で使われる”SUID”(Sudden Unexpected Infant Death: 予期せぬ乳幼児の突然死)という用語も存在します。SUIDには説明可能なケース(外因性:窒息、内因性:不整脈など)も含まれるため、SIDSはSUIDの原因不明な一部と考えられます[1]。

これらはどちらも睡眠中に起こる予期せぬ乳幼児の突然死を指しており、睡眠環境を整えることで予防できる共通点があります。
SIDSの定義
SIDSは、原則として生後1年未満の乳児の突然死で、以下の条件を満たすものと定義されています。
- 完全な解剖検査
- 死亡現場の調査
- 臨床歴の詳細なレビュー
これらの調査にもかかわらず、死亡の原因が解明されない場合にSIDSと診断されます。
SIDSの発症率と歴史
アメリカでは、SIDSの発症率は出生1,000件あたり1件未満です。「BACK TO SLEEP®(仰向けに寝かせよう)」キャンペーンが1994年に始まり、その後10年足らずで発症率は50%以上減少しました[2]。今では、「SAFE TO SLEEP®」キャンペーンに引き継がれ、SIDSだけでなく、睡眠環境を整えることで予防できる疾患全体をカバーする方向性となっています。
日本でも、1999年から厚生労働省がポスターによる啓発活動を行い、現在はこども家庭庁により継続されています。令和5年のデータでは、48人の乳児がSIDSで死亡しており、出生1,000件あたり約0.6人と報告されています[3]。
また、SIDSの発症は生後6か月未満が9割を占め、特に生後2〜4か月で発症率が最も高いことが分かっています。

SIDSの原因(トリプルリスクモデル)
SIDSは脳幹部の反応に異常がある子どもに悪条件が重なったときに発症すると推測されています。脳幹部は、呼吸や心臓の働き、睡眠の調整など、生命維持に不可欠な機能を担っています。生後1歳未満で、脳幹の機能が未熟な段階にある乳児は、外的要因に脆弱です。
通常、うつ伏せ寝や過熱などで息苦しさを感じた場合、赤ちゃんは本能的に頭を動かして窒息を回避します。しかし、SIDSの赤ちゃんは脳幹の異常によって息苦しさを感知できず、そのまま深い眠りに落ちてしまいます。結果として、呼吸停止に陥り命を落とすことがあるのです。
SIDSは、「トリプルリスクモデル」という概念的枠組みで説明されます。このモデルでは、以下の3つのリスク要因が重なることで発症するとされています[1]。

- 発達要因
生後0〜12ヶ月(特に生後2~4カ月)は、心肺機能を調整する脳幹部の反応が未熟な状態です。そのため、外的ストレスに対する防御反応が十分ではありません。 - 内的要因
低出生体重や親の喫煙などが原因で、脳幹部に異常が生じている場合、外的ストレスに対する防御能力が低下します。 - 外的要因
うつ伏せ寝や過熱などの外的ストレスが加わることで、リスクがさらに高まります。
これらのリスク要因は、赤ちゃんごとに異なります。たとえば、内的要因のリスクが高い乳児は、外的要因が少し加わるだけでもSIDSを発症する可能性があります。
SIDS/SUID予防のための10個の方法
SIDSやSUIDを予防するための具体的な対策については、日本では「こども家庭庁」のウェブサイトに詳しく記載されています。本記事では、その情報源である米国小児科学会による「睡眠環境下の死亡を減らすための推奨事項(2022年版)」を詳しく解説します[1]。特に、米国小児学会が強く推奨しているポイントを10個にまとめて、分かりやすくご紹介します。

1. 1歳までは「あおむけ」に寝かせる
1歳になるまでは、赤ちゃんを寝かせる際には、必ず仰向けの姿勢にしましょう。うつ伏せや横向きの姿勢は、安全でないため推奨されません。1歳を過ぎて赤ちゃんが自分で寝返りを繰り返し行えるようになっていたら、姿勢の管理に厳密にこだわる必要はありません。
エビデンス:
- 仰向け寝が推奨されるようになった1990年代以降、SIDSの発生率は50%以上減少しました[2]。
- うつ伏せで寝る乳児は、仰向けの乳児に比べてSIDSの発症が約13倍上昇すると報告されています[4]。
2. 固くて平らなマットレスを使用する
赤ちゃんの寝具には、固くて平らなマットレスを使用してください。ベビーベッドは、PSCマーク(日本の製品安全基準に適合していることを示すマーク)が表示されたものを選びましょう。
推奨されないこと:
- ミルクの吐き戻しを心配して、傾斜のあるマットを使用することは推奨されません。傾斜のあるマットを使っても、ミルクの誤嚥や窒息のリスクを減らす効果はなく、むしろ滑り落ちて危険な体制になることがあるためです。
- チャイルドシートやベビーカー、抱っこひもを使用して、自宅で睡眠を日常的に取らせることは推奨されません。座った姿勢が乳児の酸素供給を減少させる可能性があると考えられており、これらの使用による乳児死亡が報告されています。
エビデンス:
- 柔らかいマットレスを使用すると、SIDSの発症が約5倍上昇します[5]。
3. かけ布団やまくら、バンパーパットは使用しない
ベビーベッドには何も置かないようにしましょう。かけ布団や枕、バンパーパットの使用は窒息やSIDSのリスクを高める可能性があります。寒い場合は、布団の代わりに重ね着(スリーパーや服のレイヤリング)で体温調整を行うのが安全です。
推奨されないこと:
- 寒いときには布団や毛布の使用は推奨されません。窒息の原因となるため、重ね着をすることで対応します。
- 頭の形の改善を目的に枕やクッションを使用することは推奨されません。枕やクッション使用することで頭の形の改善につながるかは医学的には分かっておらず、むしろSIDSの発症リスクを上昇することが分かっているからです。
- バンパーパットの使用は推奨されません。安全基準であるPSCに準拠したベビーベッドであれば、頭の挟み込みなどが起こる可能性はないためです。
- SIDSを減らすためにおくるみの使用は推奨されません。特に、おくるみされた状態の乳児がうつぶせ寝の状態になることで死亡するリスクが高まります。
エビデンス:
- かけ布団やまくらなどの使用は、SIDSの発症を約2-5倍増加させる可能性があります[6]。
4. できるだけ母乳育児をトライする
母乳育児は、SIDSの発症リスクを低下させるとされています。完全母乳でも混合栄養でも良いので、2カ月以上続けることが大切です。ただし、母乳を与えられない状況や、他の選択肢を取る家庭もあります。その場合は、医療者が偏見なく親を支え、納得のいく栄養方法を一緒に考えることが大切です。
エビデンス:
- 2カ月以上の母乳育児は、SIDSの発症を約半減させます[7]。
- 予防効果は、母乳育児の期間が長くなるにつれて高まりましたが、完全母乳か混合栄養では差は認められませんでした[7]。
5. ベッドは共有せず、同じ部屋で寝る
赤ちゃんのベビーベッドを親の寝室に設置して、同じ部屋で寝る環境を作りましょう。ただし、赤ちゃんと同じベッドで寝ることは避けてください。同じ部屋で寝ることで、SIDSのリスクが最大50%減少することがわかっています。
エビデンス:
- 親と同じ部屋で寝ることで、SIDSの発症を最大50%減少させます[1]。
- ベッドを共有することは、特に4カ月未満の乳児でSIDSの発症を5〜10倍に増加させる可能性があります[1]。
6. 睡眠時におしゃぶりを使用する
具体的なメカニズムは解明されていませんが、寝るときにおしゃぶりを使うことで、SIDSのリスクを低下させるとされています。母乳育児をしている場合には、乳首への吸い付きがよく、適切な体重増加があってから始めることが推奨されます。
おしゃぶりは、乳児が寝るタイミングで使用します。嫌がったり、眠りについたら無理に継続する必要はありません。口からおしゃぶりが落ちた場合でも良い効果はみられるようです。ただし、窒息の危険性があるため、紐などで首や衣服につなげることは避けましょう。
エビデンス:
- おしゃぶりを使用する乳児は、使用しない乳児に比べてSIDSの発症が39%減少します[8]。
7. 喫煙やアルコールの使用を避ける
妊娠中や出産後の喫煙やアルコール使用は、SIDSのリスクを大幅に高めます。タバコの煙に含まれる化学物質が乳児の呼吸中枢に悪影響を与える可能性があります。赤ちゃんの世話に関わるすべての人が禁煙を心がけることが重要です。。
エビデンス:
- 妊娠中や出産後の喫煙者のベッドの共有は、SIDSの発症を10倍以上に増加させる可能性があります[1]。
- アルコール使用後のベッドの共有は、SIDSの発症を10倍以上に増加させる可能性があります[1]。
8. 暖めすぎない
赤ちゃんが過度に暖まらないよう注意しましょう。大人が快適に感じる室温(具体的な温度設定は分かっていないようです)を保ち、大人と同じか、それより少し薄めの服装にしましょう。
エビデンス:
- 過度な衣服の重ね着がSIDSの発症を約6倍に増加させる可能性があります[9]。
9. 妊婦健診を受ける
定期的な妊婦健診を受けたほうがSIDSのリスクが低いことが疫学的研究で分かっています。妊婦健診では、喫煙やアルコール摂取、睡眠環境の相談などを通して、妊婦と医療者が予防策を共有できる大切な機会です。
10. 予防接種を受ける
ガイドラインに沿った予防接種を受けることで、SIDSのリスクを低下させられる可能性があります。予防接種は感染症を防ぐだけでなく、乳児の免疫力を高めることが知られています[10]。
おまけ. タミータイム(うつぶせ遊び)をする
タミータイムは、赤ちゃんが起きている間に大人が見守りながら、うつぶせの姿勢で過ごす時間のことです。「うつぶせ遊び」や「腹ばい練習」とも呼ばれ、赤ちゃんの成長を促す重要な時間とされています。

特に、SIDS(乳幼児突然死症候群)の予防策として仰向け寝が推奨される一方、頭の形がゆがんでしまうケースが増えて、欧米ではタミータイムが推奨され始めました。米国小児科学会による睡眠環境下の死亡を減らすための推奨事項2022年版でも強い推奨となっています[1]。
生後すぐから少しずつ始め、生後7週までには1日15〜30分を目標に進めます。タミータイムには、筋力や発達促進、頭の形の変形予防といった効果があります。
おわりに
この記事で紹介した10個+おまけの方法を参考に、無理をせずに、まずはできることからから始めてみましょう。
赤ちゃんを安全に育てるためには、親だけでなく、家族や医療者が一丸となり、安全な環境を整えることが重要です。また、家庭の状況や赤ちゃん一人ひとりの特徴は異なるため、全てを完璧にこなす必要はありません。それぞれの家庭に合った形で、できる範囲から実践してみましょう。
参考文献
- Pediatrics. 2022 Jul 1;150(1):e2022057990. (米国小児科学会による睡眠環境下の死亡を減らすための推奨事項2022年版です。非常によくまとまっており、こども家庭庁もこの資料を引用しています)
- Pediatrics, 138(1), e20160321.
- こども家庭庁. 乳幼児突然死症候群(SIDS)について. Retrieved from https://www.cfa.go.jp/sids
- Lancet. 2004;363(9404):185.
- Pediatrics. 2003;111(5 Pt 2):1207.
- Arch Pediatr Adolesc Med. 1998;152(6):540.
- Pediatrics. 2017;140(5)
- Pediatrics. 2005;116(5):e716.
- JAMA. 2002;288(21):2717.
- Centers for Disease Control and Prevention. (n.d.). Sudden unexpected infant death and sudden infant death syndrome. Retrieved from http://www.cdc.gov/sids
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