「肌のことで悩むなんて、贅沢でしょうか」
「先生、こんなこと聞くのも恥ずかしいんですけど……」。更年期の外来で、ひととおりの相談が終わったあと、帰り際にそう切り出す方がいます。「最近、急に肌がカサカサして、ファンデーションがのらなくて。鏡を見るのが、ちょっとつらくて」。そして決まって、こう付け加えます。「まあ、年ですもんね。仕方ないですよね」。
その「仕方ない」に、私はいつも少し引っかかります。ホットフラッシュや不眠は「治療の対象」として堂々と相談できるのに、肌の話になると、多くの人が「わがまま」「贅沢」だと感じて、声を小さくする。仕事や家族のことは我慢できても、自分の見た目にお金や時間をかけるのは後ろめたい——そんな空気が、どこかにあるのだと思います。
でも、閉経のころから肌が急に変わるのには、「気のせい」でも「気合い不足」でもない、はっきりした体の理由があります。そして最近になって、ただシワを「埋める」のではなく、肌に「もう一度コラーゲンを作らせる」ことを狙った注射の研究が、次々と報告されています。今回は、その最新エビデンスを、一緒に少していねいに読み解いてみます。
閉経した肌の中で、静かに進んでいること
まず、なぜ更年期に肌が変わるのか。主役はエストロゲンという女性ホルモンです。エストロゲンは、肌のコラーゲン(肌の弾力とハリを支える土台のタンパク質)を作らせ、水分を保ち、弾力を保つ——という、肌の"働き手"のような役割を担っています。閉経でエストロゲンが急に減ると、この働き手が一斉に手を止めてしまう。
その結果、何が起きるか。
- コラーゲンの量は、閉経してから最初の5年間で、およそ30%も減るとされています。
- 皮膚の厚みは、1年あたり約1.13%ずつ薄くなっていきます。
- 表皮のバリア機能が落ち、水分が逃げやすくなって、乾燥が進みます。
「最初の5年で3割」と聞くと、ずいぶん急な変化に思えるはずです。実際、「閉経のころから一気にきた」という体感は、この数字とよく合っています。あなたの実感は、気のせいではありません。

2025年に皮膚科の専門誌(Journal of Cosmetic Dermatology)に載ったレビュー論文(Viscomiら)は、閉経後のエストロゲン不足が肌の構造と機能を変え、コラーゲン合成の低下・弾力の喪失・乾燥を招くことを、体系的に整理しています[1]。
同じレビューは、もう一つ大事な指摘をしています。ホルモン補充療法(HRT)は肌の質を良くする可能性がある。けれど、「肌のためだけに」HRTを使うことを支持できるほど、しっかりした臨床試験はまだ足りない——と[1]。
ここで一つ、論文の読み方のコツを。これは「レビュー論文」、つまり過去の研究を集めて要約したものです。全体像をつかむのには向いていますが、それ自体が新しく人で効果を試した実験ではありません。だから「HRTは肌に良いかも」は、あくまで"見込み"の話。ここを混同しないことが、健康情報に振り回されないための第一歩です。
日本では、さらに事情があります。更年期女性のおよそ79%が、HRTそのものに「怖い」「できれば避けたい」という感情を持っているという国際調査があります。つまり、多くの日本の女性にとって、HRTは肌の悩みの現実的な入口になりにくい。だからこそ、「ホルモンに頼らずに肌へアプローチする方法」への関心が高いのです。では、その"もう一度コラーゲンを作らせる"注射とは、どこまで確かなものなのでしょうか。


