「うちの子、ADHDと言われました。薬以外にできることはありますか?」
外来で、保護者からこの質問を受けることが少なくありません。そのとき私がよくお話しするのは「運動」です。ただし、「運動でADHDが治る」わけではないし、「何にでも効く」わけでもない。では、運動は具体的にADHDの何に効いて、何に効かないのか。
Journal of Attention Disorders誌に掲載された36研究・38比較のシステマティックレビュー/メタ分析が、この問いに明快な答えを出しました。
論文の概要
タイトル原題: "Effects of Exercise on Hyperactivity/Impulsivity and Inhibitory Control at Behavioral and Electrophysiological Levels in ADHD: A Systematic Review and Meta-Analysis"
日本語訳: ADHDにおける多動/衝動性および抑制制御に対する運動の効果——行動・電気生理学的レベルでのSR/MA
掲載誌: Journal of Attention Disorders(2025年)
著者: Zhang Z, Bo X, Liu K, et al.
所属: Shanghai University of Sport / University of Newcastle
デザイン: SR/MA(36研究、38比較。急性介入10件 + 慢性介入26件)
何がわかったのか——「効く部分」と「効かない部分」

この研究は3つのアウトカムを評価しました [1]。
まず、抑制制御(inhibitory control)。これは「やめる」「待つ」といった衝動を抑える脳の機能で、Go/No-Go課題やストループ課題といった神経心理学的検査で測定されます。例えば「赤い文字で書かれた"青"という字を見て、"赤"と答える」ような、直感に逆らう判断力です。運動は抑制制御に対して小〜中程度の改善効果を示しました。特にサブグループ解析では、この効果が小児・青年で顕著であることが確認されています。
次に、多動/衝動性(hyperactivity/impulsivity)。これは「じっとしていられない」「衝動的に行動する」「順番を待てない」といったADHDの中核症状そのもので、CBCL(子どもの行動チェックリスト)などの行動評価スケールで測定されます。運動はこの多動/衝動性に対して有意な改善効果を示しませんでした。
3つ目は、抑制に関連する脳波成分(N2・P3)。ERPと呼ばれる事象関連電位の変化を調べましたが、こちらも有意な変化は認められませんでした。脳波レベルでの変化が行動の改善として現れるには、さらに長期的・高強度の介入が必要かもしれません。

つまり、運動は「脳の実行機能(特に抑制制御)」は改善するが、「行動症状としての多動・衝動性」は直接改善しない。この区別が非常に重要です。
どんな運動が効くのか——サブグループ解析と最新知見

サブグループ解析では、抑制制御の改善に最も効果的な条件が特定されました [1]。
年齢では、小児・青年で効果が顕著でした。成人ADHDでは効果が小さくなる傾向があります。介入タイプは、単回の急性運動よりも継続的な慢性介入(数週間以上のプログラム)が効果的でした。頻度は週3回が最適と示されています。対照群の種類では、座位や無介入との比較で効果が明確で、アクティブコントロール(別の活動をする群)との比較では効果が薄れました。これは、運動固有の効果というよりも「何かに集中して取り組む」こと自体の効果が含まれている可能性を示唆しています。
この知見を補強するのが、Panらが2025年にPediatric Research誌に発表したベイジアン用量反応メタ分析です [2]。33研究を対象に、実行機能の改善に必要な運動の「用量」を数学的にモデル化しました。その結果、認知的柔軟性・ワーキングメモリ・抑制制御それぞれに最適な運動量が異なることが判明しています。急性介入では抑制制御に130 METs・min、長期介入では週2,500 METs・minが最適とされました。
さらにYangらの2026年のネットワークメタ分析(21 RCT、1,491名)では、運動の「種類」の重要性が明らかになりました [3]。スキルベースの運動(武術、ダンス、協調運動など複合的な動きを含む運動)は、単純な有酸素運動よりも抑制制御と認知的柔軟性の改善効果が大きいことが示されました(SMD = 0.73、95%CI [0.31, 1.41])。一方でワーキングメモリには有酸素運動が効果的(SUCRA: 87.1)でした。
これらを総合すると、「ただ走らせる」よりも「ルールのある集団スポーツや武術のような、考えながら体を動かす運動」の方が、ADHDの子どもの実行機能にはより効果的な可能性があります。
注意点・限界——「運動の効果を過大評価すべきではない」
著者ら自身が論文の結論で述べている重要な一文があります。"The impact of exercising should not be overestimated."(運動の効果を過大評価すべきではない)。
これは、研究の質に関する懸念から来ています。サブグループ解析では、バイアスリスクが中〜高の研究でのみ有意な効果が認められ、厳密な研究ほど効果が小さくなる傾向がありました。出版バイアス(効果が出た研究の方が出版されやすい傾向)の可能性も排除できません。
また、抑制制御の改善が実際の日常行動の改善に直結するかは、まだ証明されていません。「テストで衝動を抑える成績が上がった」ことと「教室でじっと座っていられるようになった」ことの間には、まだギャップがあります。
脳波(N2・P3成分)に有意な変化が見られなかったことも、メカニズムの観点からは課題です。行動レベルでは改善しているのに脳波には反映されないということは、運動が脳の処理そのものを変えているのか、それとも代償的な戦略を身につけているだけなのか、まだ不明であることを意味します。
日本の読者にとって——ADHDの子への運動処方
日本では、ADHDの有病率は学童期の約5〜8%とされています(文部科学省調査では通常学級の約8.8%に発達障害の可能性)。日本小児神経学会の「注意欠如・多動症(ADHD)診療ガイドライン」(第5版、2022年)では、薬物療法(メチルフェニデート、アトモキセチンなど)と心理社会的治療の併用が推奨されていますが、運動療法は補助的な位置づけにとどまっています。
今回のエビデンスを踏まえた、保護者への具体的な提案:
運動を取り入れるなら:
- 週3回、継続的に行えるプログラムを選ぶ(一回きりではなく数ヶ月単位で)
- 水泳教室、武術(空手・柔道・合気道)、ダンス、サッカーなどのスキルベースの運動が有望
- 「多動を抑えるため」ではなく「実行機能を育てるため」という目的で取り組む
- 効果の実感には数週間〜数ヶ月かかることを理解する
- 子どもが「楽しい」と感じることが継続の最大の条件
運動だけに頼らない:
- ADHDの中核症状(多動・衝動性・不注意)の管理は、医師と相談の上で薬物療法や行動療法を主軸に
- 運動は「薬の代わり」ではなく「薬や行動療法と組み合わせるもの」
- 学校との連携(合理的配慮の活用)も並行して
医師の見解
正直に言うと、「運動すればADHDが治る」というSNSの情報を見るたびに複雑な気持ちになります。運動が脳の実行機能を改善するエビデンスは確かにありますが、それはADHDの治療を代替するものではありません。
ただ、運動がADHDの子どもにとってネガティブなことはほぼありません。体力向上、自己効力感、社会性の発達——これらはメタ分析では測れない価値です。「ADHDだから運動しよう」ではなく、「子どもが楽しめる運動を見つけて、結果的に脳にもいい影響がある」。そのくらいの温度感がちょうどいいのではないかと、臨床の現場では感じています。
このテーマについて質問があれば、このメールに返信してください。
※ 本ニュースレターは一般的な医学情報の提供を目的としており、個別の診断・治療・医学的助言を行うものではありません。具体的な症状や治療については、かかりつけ医にご相談ください。